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当たり前の境界線を問い直す
PHOTOGRAPHY BY MAYUMI HOSOKURA
TEXT BY SAKIKO FUKUHARA

  • Photography by MAYUMI HOSOKURA
  • Text by SAKIKO FUKUHARA

セクシュアリティとジェンダーをベースに、人と動物や機械、有機物と無機物など、当たり前とされてきた“ボーダー(境界)”を再編する試みを続けてきた写真家、細倉真弓。人物のポートレイトやヌードをはじめ、植物や鉱物、郊外のランドスケープにネオンサインといった様々な対象を捉えた作品は、時に鮮やかな色のフィルターを通して表現されてきた。2019年11月には、相撲部屋を改築したという清澄白河のギャラリー「mumei」にて新作展「NEW SKIN」を発表。色彩を巧みに操り、女性写真家として様々なボーダーに対して新しい解釈を提示する細倉真弓さんに話を聞いた。

after dream(C/G)《CYALIUM》シリーズより、2016年

6つの原色から成る作品群

過去作品『Crystal Love Starlight』(2014年)、『CYALIUM』(2016年)、『Jubilee』(2017年)を辿ると、青から始まりより鮮やかな色彩を帯びているように思います。作品における色の役割、また色を定着させるプロセスについて教えてください。
単色の作品では、カラー印画紙の中にあるカラーカプラーおよび感光銀の6色、R/G/B/Y/M/Cの6色から1色を選択して出力しています。例えばイエローなら印画紙がイエロー100%になるような設定で引き伸ばし機のフィルターをセットします。私が色を選ぶというより、印画紙を構成する6色で着色していくといったイメージです。一枚のイメージに6色のうちどの色をのせるかは、直感で選んでいるかもしれません。
色がもたらす作用について、どのように考えますか?
製作時に私自身が意識することはないですが、出来上がった作品から色の作用を感じることはあります。強い色面からはある種の圧力を感じるし、私の感情というより、色が持つ感情が作品に浮き上がる。フルカラーの作品でも青みがかった写真が多いのですが、それは90年代の写真が原点にあるかもしれません。あと、ヌード作品はどうしても生々しく見えてしまうことが多いので、それを抑えるために寒色系の色でプリントすることが多いですね。
NEW SKIN #25 ttt《NEW SKIN》シリーズより、2019年

新作展「NEW SKIN」について

新作展「NEW SKIN」では、幾層にも重なるモノクロームのデジタルコラージュが発表されました。コラージュ作品に着手しようと思ったきっかけは?
私ひとりの視点から写真を撮る中で、自分のフェティシズムに限界を感じてしまうことがあって、他者の視点や欲望を作品に取り入れてみたかったんです。今回のコラージュ作品では、私が過去に撮影した男性ポートレイト、集めているゲイ雑誌の切り抜き、ネット上の韓国人男性のセルフィー写真、美術館にある男性彫刻の写真の4種を素材にしています。男性の身体という共通項があるものの、女性から男性、男性から男性、私から私、そしてより社会化された視点といった風に、それぞれ目線の方向が異なるんです。それらが一枚の画の中に混ざり合うのが良いなと思い、コラージュという手法に着目しました。
《NEW SKIN》展示風景、2019年

寄り引きを繰り返すデジタルコラージュの映像、またそのパーツがフレーミングされた写真作品からも、巨大なイメージの全体像は掴むことができません。その意図について教えてください。
「欠落」を表現することですね。写真は複製芸術とされていますが、制作側からすると、その一回性を実感する瞬間が多々あります。フィルム写真だけでなく、デジタルを例にしても、画面上で画像をスクロールしている時に処理が追いつかず、画面がカクつくような瞬間にはその画像がコンピューターの中でそのたびごとに描画され、生まれ変っているような実感があります。そのような体験を経て、完全なる複製は存在せず、欠落がある状態が完成形なのだという複製芸術の一回性についての気づきがありました。今回のコラージュデータは40cm四方で12分割されるのですが、私が設定したルールでは、全12点のうち11点までは展示されることはあっても、12点全てが一度に展示されることはありません。結局、記憶の中にあるイメージが一番写真的とも言えるけれど、それは決して他者と共有できないもの。それを証明するための余白であり、欠落なんだと思います。
当たり前の境界線を問い直す
wing back《Crystal Love Starlight》シリーズより、2014年

身体から肌へ。NEW SKINで目指したもの

身体を捉えた過去作品を経て、今作では「NEW SKIN」というタイトルの元、肌にフォーカスを当てています。細倉さんが考える「肌」の役割について教えてください。
80年代に「サイボーグ・フェミニズム」論を提唱していた思想家、ダナ・ハラウェイから多くの影響を受けました。彼女の論文の中で、人間は肌を境界線として生きているが、その境界線は移動するのではないか?という問いかけがあるんです。その前提を受けて、境界線としての肌、また写真の新しいテクスチャーという意味合いで「NEW SKIN」というタイトルをつけました。
《NEW SKIN》展示風景、2019年

立体的なコラージュとしての映像

連続するコラージュ作品の合間に、男性の身体や動くスキャナー、刺青の入った肌などの動画が差し込まれ、とりとめのない会話が音声としてのせられたプロジェクション映像も展示されています。映像作品のコンセプト、音との関連性について教えてください。
写真は「記録」と「記憶」という切り口で語られることが多い媒体ですが、「記憶」について考えた時に、会話の流れって大方忘れてしまうもような気がします。翌日になると、会話の感覚だけ残っていて内容を覚えていなかったり、その体験にすごく興味がありました。画像を平面上で重ね合わせたデジタルコラージュに対し、この映像では流れていく会話や音を素材にし、時間や空間も含めたコラージュにできたらと思いました。
test strips(R/C/B/G)《CYALIUM》シリーズより、2016年

作品集というフォーマット

今までに計7冊と、作品集も精力的に発表されています。紙として作品を表現する際に意識していることはありますか? また本展と合わせて制作した写真集「CYALIUM」についても教えてください。
展示した作品が紙に落とし込まれた時“体験”としてページをめくってもらえると良いなと思っています。今回作った作品集「CYALIUM」は、今までの作品と「NEW SKIN」の橋渡し的な存在なんです。並列だったり、垂直だったり、破ってみたり、初めてコラージュにアプローチしたのが「CYALIUM」のシリーズ。画像をマニュピュレートした“色”にまつわる作品をこの1冊にまとめました。来年は、ロンドンの出版社、MACKから「NEW SKIN」の作品集が発売される予定です。

hosokuramayumi.com