Inspiration

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清原惟 清原惟

世界をもう一度見つめ直し
違う景色を見るために
TEXT BY YOSHIKO KURATA
EDIT BY SAKIKO FUKUHARA

TEXT BY YOSHIKO KURATA
EDIT BY SAKIKO FUKUHARA

実の祖母ふたりとの対話をもとに制作した映画『A Window of Memories』で、山形国際ドキュメンタリー映画祭2025インターナショナル・コンペティション部門に正式招待された映画監督・清原惟。祖母たちが語る記憶を本人ではなく俳優が朗読するという独自の手法を通して、個人の人生と時代の記憶を静かに映し出した。本作はどのような経緯で生まれ、なぜこの表現を選んだのか。幼少期の創作体験から映画制作の原点、本作に込めた思いまで話を聞いた。

場所と人々がどのような関係を築いているか

幼い頃はミニチュア作家になりたかったそうですね。いまの映画作品に通ずる創作の楽しみはありましたか?
小さい頃から、風景や場所を見ると、そこから自然と物語や感情が浮かび上がってくることがありました。それはいま映像作品をつくる際のインスピレーションにもつながっています。小学生の頃にミニチュアの世界を知り、その小さな家の中に流れる独自の時間を想像しながら過ごせる感覚がとても好きで、ずっと夢中になって制作していました。いまでもよく覚えているのは、小学6年生のときに引っ越しをした際、夏休みの自由研究で以前住んでいた家をミニチュアにしたことです。その家を離れる寂しさのような感情が、作品の中に残ったような感覚がありました。不思議なことに、それをきっかけにミニチュア制作はやめてしまったんです。理由はいまでもわかりません。ただ、過去作を振り返っても、「場所」は自分にとって非常に大きなインスピレーションの源です。その場所と人々がどのような関係を築いているのか。そうしたことに興味を抱く感覚は、ミニチュアづくりに夢中だった小学生の頃から変わっていないように思います。
『すべての夜を思いだす』©2022 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

そこから中高生でカメラに興味を持ち、次第に映像へ。17歳の時にはじめて映像作品を作ったそうですね。
写真を撮り始めたきっかけは、親が使わなくなったカメラを譲り受けたことでした。近所を散歩しながら風景を撮ることが多くて、とくに日が暮れる瞬間、見慣れた街がほんの少し違って見える、その時間帯に惹かれていました。そうした瞬間に感じたことを写真として残していたんです。高校に入ってさまざまな映画に触れるうちに、自分でも映画を撮りたいと思うようになり、友人たちと遊びの延長のような感覚で制作を始めました。当時の作品から、自分の身近な世界を記録することを通して、それまで見えていた景色を新たに捉え直す感覚に面白さを感じていました。映画制作はもちろん大変なことも多いですが、自分にとって映画をつくる理由のひとつは、世界をもう一度見つめ直し、それまでとは違う景色を見ることができる点にあると思っています。
『すべての夜を思いだす』©2022 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

最新作『A Window of Memories』の出発点

本作『A Window of Memories』は、清原さんの実の祖母ふたりとの会話の中で生まれたとのことですが、映画作品として形にしようと思った印象的なエピソードはありますか?
普段から祖母たちとはよく話をしていたのですが、あるとき母方の祖母が何気なく話してくれたことが、とても印象に残っています。祖母は祖父の実家が代々営んできた工場で働いていて、私はそれまで、祖父が会社を継ぎ、祖母も嫁いできて一従業員として働いていたのだと思っていました。ところが実際には、祖母が祖父に代わって経営の判断をすることもあり、会社を支えていたという話を聞いたんです。それは自分にとってとても衝撃的でした。祖母が長年、縁の下の力持ちとして会社を支えてきたこと、そして、それを簡単には人に話せない時代や環境があったこと。その話を聞いたとき、自分の知らない祖母たちの世界が、まだ数え切れないほどあるのではないかと思いました。その記憶を聞き取り、残していくために映画をつくること。それが自分にできることなのではないかと感じたことが、本作の出発点になりました。
『A Window of Memories』©︎Yui Kiyohara

聞けば聞くほどたくさんの話が出てきそうですが、具体的にどのようなプロセスで映画として構成していったのでしょうか?
最初は映像として記録していました。ただ、何十時間にも及ぶ膨大な素材になっていくなかで、それを一本の映画にまとめるために自分ひとりが取捨選択して編集することに、違和感を覚えたんです。一方的に物語を組み立ててしまうような感覚というか。とはいえ、高齢の祖母たちと一緒に映像編集をするのは現実的ではなかったので、テキストを介して一緒に構成を考える方法を選びました。まず私が聞き取った内容を書き起こして整理し、それを祖母たちに読んでもらいます。そのうえで「この話は入れたい」「ここは削ってほしい」といった意見をもらい、何度もやり取りを重ねながらテキストを完成させていきました。
『A Window of Memories』©︎Yui Kiyohara

「聞き書き」で見えてきた気づき

完成したテキストを、祖母ご本人ではなく俳優のおふたりが朗読するという形式は、最初から考えていたのでしょうか?
最初から決めていたわけではありません。祖母たちとテキストをつくる作業を続けるうちに、その文章が祖母と私の間に存在する、もうひとりの「他者」のように感じられるようになったんです。祖母自身の記憶ではあるけれど、一度文字として紙の上に置かれることで、祖母自身も少し客観的に眺めているような感覚がありました。そうした文字が持つ他者性を映画としてどう表現できるか考えたときに、祖母たちをまったく知らない人に読んでもらうというアイデアが浮かびました。朗読をお願いした俳優のおふたりは、自分と同世代で、個人的にも友人です。このテキストを託す相手として、ふたりなら信頼できると思いました。
『A Window of Memories』©︎Yui Kiyohara

朗読と言っても、俳優のお二人は、大きく感情を乗せたり、祖母になりきった話し方をしているわけではなく、淡々とテキストを読んでいます。その姿も印象的でした。
まず前提として、俳優には祖母が話している映像を事前には見せていません。話し方を見てしまうと、意識せずとも再現しようとしてしまうと思ったからです。そのうえで、俳優とスタッフ全員で、「この朗読にどう向き合うべきか」を何度も話し合いました。そして最終的に、「祖母を演じる」のではなく、あくまでも俳優自身が目の前にある文字を読むという姿勢を基本にすることにしました。撮影は物語の順番どおりに進めたので、冒頭では、本当に初めてその文章と出合ったような感覚が朗読にも表れていると思います。撮影を重ねるなかで自然に生まれてくる変化や、ふたりの距離感、この文章をどう聞きたいか、座るより立ったほうがいいのではないかといったことを、その都度スタッフやキャストも交えながら話し合い、一つひとつ決めていく現場でした。
朗読の舞台となった場所についても教えてください。家のようでもあり、床が抜けていたり、生活感が希薄だったりと、不思議な空間でした。
会議室のような無機質な空間や、反対に生活感のある家など、いくつか候補はありました。そのなかで、祖母たちが暮らす「家」との距離感を考えたときに、近すぎず遠すぎない場所として、海老名にあるアトリエ付きシェアハウス「海老名芸術高速」を選びました。この場所は私自身も設計に関わっていますし、俳優のおふたりも設計段階のワークショップに参加していたので、3人にとっても馴染みのある場所でした。
『A Window of Memories』©︎Yui Kiyohara

ある固有の経験を、普遍的な物語へ

朗読だけでなく、冒頭では祖母たちの日常を映したドキュメンタリー映像も挿入されていますよね。
最初から計画していたわけではなく、撮影を続けるなかで、祖母たちが日々暮らしている姿も自然に記録したいと思うようになったんです。母方の祖母は自然豊かな環境で育ちましたが、現在は都市的な暮らしをしています。それでも80代になったいまも庭の手入れを続け、植物や生き物と関わりながら生活している姿を見て、とても感動しました。父方の祖母についても、点字の翻訳・校正をボランティアで続けていることは以前から聞いていましたが、実際にその様子を目の前で見るのは初めてでした。映画を撮ることをきっかけに、そうした祖母たちの新たな一面や、それまで見えていなかった景色を数多く発見することができたと思っています。
『A Window of Memories』©︎Yui Kiyohara

一方で、朗読で語られるエピソードは写真のみで描写されています。当時の映像も残っていたそうですが、あえて使用しなかった理由はありますか。
語られる内容のイメージが、写真や映像によって固定されないようにしたいと考えていました。祖母の家で昔の写真を見せてもらっていたとき、実は8mmフィルムも見つかって、一度は作品で使おうと試行錯誤して、映写機で投影してみたんです。でも、実際に映像を見たときに違和感を覚えました。そこに映っていたのは祖父と祖母の結婚式だったのですが、祖母から聞いていた結婚式の記憶とは、どこか異なる印象を受けたんです。そのとき、映像があるからといって、それが祖母の記憶そのものを表しているわけではないのだと感じました。だからこそ、誰かによって編集された映像ではなく、祖母たち自身の言葉による記憶を大切にしたいと思い、最終的には使わないことにしました。
朗読では個々人の話し方や人物像はフラットになっていますが、それぞれの生活や趣味がわかるような映像が入ることで固有の体験であることがより感じられました。これまで清原さんは一貫して固有の経験を普遍性に帯びた物語として可視化したり、他者に共有することをテーマにされてきました。本作ではそのテーマとどのように向き合いましたか?
今回の作品は、祖母の話をもっと聞きたいという、とても個人的な動機から始まりました。ただ一方で、制作を進めるなかで「ひとつの時代を捉えたい」という思いも強くなっていきました。祖母たちの世代は、戦争や高度経済成長期を経験し、いまではスマートフォンでLINEを使っています。その大きな時代の変化を生きてきた人たちは、どのような世界の見方や価値観を持っているのだろう。そのことに強く興味を惹かれたんです。そうした思いが伝わったのか、上映後には多くの方が、ご自身の家族や記憶について話を聞かせてくださいました。「記憶を普遍的なものとして伝える」と言うと、とても大きなテーマのように聞こえます。でも、作品を観た方が自分自身の記憶を思い出し、それを誰かに語る。その積み重ねのなかで、面識のない人同士でも、ほんの少し何かがつながる瞬間が生まれていくことに衝撃を受けました。映画は一方的に鑑賞するものではなく、自分自身の記憶と接続し、それを誰かに手渡していくことができる。そんな力が映画にはあるのだと、あらためて実感しました。
『A Window of Memories』©︎Yui Kiyohara

少人数だからこそ生まれる手作りの温度感

映画のタイトル『A Window of Memories』にはどのような想いを込めましたか?
当初は、完成した映画を祖母たちが観る場面で作品を終える構成を考えていました。映画そのものが、祖母たちの記憶を映し出す「窓」のような存在になればと思い、このタイトルを考えていたんです。ただ最終的には、そのラストシーンは撮影せず、タイトルだけが残りました。その後あらためて祖母たちの暮らしを見つめ直してみると、家を中心に生活しているからこそ、窓から外を眺めたり、景色について話したりする時間がとても多いことに気づきました。窓は外の世界とつながる場所であると同時に、彼女たちと外とを隔てる存在でもあるように見えたんです。そう考えたとき、このタイトルが作品によりふさわしいものに思えてきました。映画のフレームそのものも、観客にとってはひとつの窓のような存在です。そして、その窓越しには、観客が祖母たちを見つめるだけではなく、祖母たちもまた私たちを見つめ返している。そんな双方向の視線の往復をこのタイトルにイメージしました。
本作はインデペンデントの配給チーム「amieee」が関わっています。ご友人と立ち上げたそうですね。
友人ふたりと始めました。数年前、本作を三鷹のスペースで先行上映した際に、ふたりが観に来てくれて、「本当に感動した」と言ってくれたんです。それだけ自分ごととして作品を受け止めてくれたことが、とても嬉しくて。そのとき、この作品は一般的な配給の形ではなく、普段から価値観を共有している友人たちと一緒に届けていくことに意味があるのではないかと思いました。劇場への営業や試写会の案内、チラシ配りまで、自分たちで一から地道に取り組んでいます。映画そのものも、俳優たちと意見を交わしながら制作し、撮影中にはカメラマンがその場で自然にカメラワークを組み立てていくなど、少人数だからこそ生まれる手づくりの作品でした。その制作時の温度感を、配給というプロセスでも大切にしていきたいと思っています。
新作を公開したばかりですが、次回作に繋がるような気になるテーマやトピックはありますか?
今回の作品をきっかけに、これからも誰かの話を聞き、その声を作品へとつなげていく制作は続けていきたいと思っています。不思議なことに、作品のことを考えていない普段の生活でも、お年寄りの方から自然と話しかけられ、その人生について聞かせてもらう機会がとても多いんです。この前も、バスで隣に座ったおじいさんが突然、自分の半生を語り始めてくれました。あるいは、一人で登山に行った帰り、たまたま立ち寄った軽食屋が定休日だったにもかかわらず、お店のおばちゃんや常連の方たちが迎え入れてくれて、それぞれの人生の話を聞かせてもらったこともあります。そうして出会う人たちの話は、本当にどれも面白く、聞かれるべき物語があると感じています。映画の主人公になるような特別な人物だけではなく、街で暮らすひとりひとりの人生にも、語られる価値のある物語がある。これからも、そうした人たちの話に耳を傾けながら映画をつくっていきたいと思っています。

『A Window of Memories』
2026年8月7日(金)よりBunkamuraル・シネマ渋谷宮下ほか、全国順次公開

監督・編集:清原惟
出演:砂子旭子、清原磋智子、小山薫子、坂藤加菜
テキスト:砂子旭子、清原磋智子、清原惟
構成:岩崎敢志、太田達成、清原惟/撮影:寺西涼、清原惟/音響:岩崎敢志/助監督:太田達成/音楽:よだまりえ
エグゼクティブ・プロデューサー:越後谷卓司/プロデューサー:清原惟/企画:愛知芸術文化センター/製作:愛知県美術館
2023年/日本/67分/カラー/G
配給・宣伝:amieee 宣伝協力:ブンクテ デザイン:明津設計

©︎Yui Kiyohara

清原惟 / Yui Kiyohara

1992年生まれ。17歳の時、初めて友人と映画をつくってから今まで、映画や映像を作り続ける。大学院の修了制作である『わたしたちの家』(2017)が上海国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞し、ベルリン国際映画祭フォーラム部門など10カ国以上の映画祭で上映された。『すべての夜を思いだす』(2022)は北京国際映画祭Forward Future部門審査員特別賞を受賞し、ベルリン国際映画祭やサン・セバスチャン国際映画祭をはじめとした、様々な映画祭で上映される。2025年には東京・Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて映画館では初となるレトロスペクティブ上映を開催。ほかの活動として、土地やひとびとの記憶について、リサーチを元にした映像作品を制作している。

https://www.instagram.com/kiyoharayui/