Inspiration

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言葉の“ボディ”で肖像を描く
TEXT BY YOSHIKO KURATA
EDIT BY SAKIKO FUKUHARA

TEXT BY YOSHIKO KURATA
EDIT BY SAKIKO FUKUHARA

金沢21世紀美術館や豊田市美術館、森美術館などで精力的に作品を発表するアーティスト・横山奈美。近年の代表的な作品シリーズである『Shape of Your Words』では、他者に筆記してもらった「LOVE」や「History」などの言葉のかたちをネオンとして一度立体化し、その実物を前に描くプロセスを大事にしている。背後にある配線やフレームまでを克明に描いた絵画からは、一般的に価値がないとされ、見えないものとされている事象に眼差しを注ぐ彼女の姿勢が感じとれる。初期の作品『The First Object』や木炭で描かれた自画像シリーズを振り返りながら、彼女が再考する物本来の美しさや存在感について話を聞いた。

“普通”を強みに、絵画との関わり方を考える

過去のインタビューで、作品制作において「普通」を体験してきたことが重要だとおっしゃっていたのが印象的でした。一般的に、アーティストは人生における特別な体験を作品で表現しているとイメージされやすいと思うのですが。
そうですね。たしかにアーティストって一般的な物への見方とは、少し異なった見方をしている存在だと認識されているかもしれないです。私の場合は、大学入学後に絵を描いている中で、そうではない自分に徐々に気がついて、最初はコンプレックスにも感じていました。でも、考え方を変えれば「普通」を経験する人の方が多いわけで、多くの人たちと繋がれる可能性を自分の強みとして活かせるんじゃないかと思ったんです。なのでそこに向き合って、普通の経験をしてきた自分がどのように絵画を描いていくべきか考えてきました。
その「普通」の経験というのは具体的にどのようなものでしょうか?
例えば、なにかに憧れることです。いまで言えば韓国のアイドルのように、私の時代ではブリトニー・スピアーズやクリスティーナ・アギレラ、アヴリル・ラヴィーンなどアメリカのアイドルが憧れの対象でした。思春期に誰しもが経験することだと思うのですが、ブリトニーみたいになりたいからって容姿を真似て、似たファッションや髪型にしたところで絶対になれることはなく。それは、大学に入ってからも西洋絵画史がベースにある絵画を描き始めたものの、どこか上滑りしていた経験にも重なるものだと感じていました。自分の中にないものになろうとしている状態から脱却して、どうしたらアジア人としての劣等感を拭えるのか悩み、スランプに陥っていました。

“憧れ”から脱却し、自分自身を見つめた初期

そこから今の作品に通ずる手がかりを見つけたきっかけは?
2011年に大阪市立美術館で開催していた『生誕120周年記念 岸田劉生展』に行ったことですね。岸田劉生に特別な感情を抱いたことはなかったのですが、当時なぜか気になったんです。そこで岸田劉生も自分と同じように、初期の頃はセザンヌやゴッホに憧れて絵を描いていた時期があるんだと知って。その後、細密画に取り組むようになってからは身のまわりにあるようなリンゴや湯呑みなどのモチーフを描いていて、それらの作品を見たときにこれでいいんだとハッとさせられました。自分が進むべき本質があるように感じたと同時に、憧れを見つめるのではなく、自分自身を見つめなければいけないと腑に落ちたんです。展示から帰宅して、すぐに静物画を描くことを始めました。
自分を一度受け入れる機会になったんですね。そこから発表した初期の作品が『The First Object』のシリーズでしょうか?
そうですね。トイレットペーパーの芯やフライドチキンの骨というのは、一般的に「可愛い」や「美しい」の対象にはならないもの。そうしたものに、いかに美しさを見出すかということを絵画を通して表したいと思っています。それは自分を肯定することでもあって、自分に絵を描いてもいいと納得させることでもあります。描くモチーフもテレフォンカードや紙袋、タバコなど身のまわりで目にするものを選び、麻布に油絵の具で描くというオールドメディアを意図的に扱っています。それはアジア人として油絵の具で絵画を描くこと自体が、続けていけば行くほど理由や意味を問われる難しいことだと思っているから。そこをどうにか突破できないかと作品を通して研究し続けてきました。
The First Object / 2570mm×1970mm / Oil on linen(2016年) Photo: Hayato Wakabayashi
The First Object / 455mm×530mm / Oil on linen(2018年) Photo: Tetsuo Ito

木炭で描く女性の肖像

日本人であるアイデンティティのほかに、女性を描くことにも何か意識はありますか?
最初から自覚的に考えていたわけではないですが、たしかに振り返ればブリトニー・スピアーズへの憧れや別の容姿になりたいという願望はオーガニックに自分の中から出てくるものではなく、社会にある美の規律に影響されて生まれる感情だと思います。絵画を描くときの様々な選択の中に、そうした日本社会での女性の在り方というものが自然と内在しているのかもしれません。
自画像のシリーズ『about that woman』は、そのような今までの自分への向き合い方を描いているのでしょうか?
そうですね。ある種、日記のように今考えていることを描き出している作品です。あとで客観的に見て一体これってどういうことなんだろうと考えてから、改めて絵画として昇華することもあります。描き始めたきっかけは、先ほどお話ししたことに通じる「憧れへの叶わなさ」。なので、女神が描かれた西洋絵画を引用して、顔だけ自分のようなアジア女性の顔にしたり、自画像として今まで考えてきた憧れへの心情を描いています。
American girl / Charcoal on paper(2016年)Photo: Tetsuo Ito
On a Woman Who Want to Be Venus / 1100mm×1392mm / Charcoal on paper(2016年)

続く『Memorise of Love and Me』というシリーズでは、犬と一緒に自画像が展開されていきます。
2016年頃に描き始めた作品で、当時犬と一緒に暮らすことについて考えていました。私もフラットコーテッド・レトリーバーという犬種の犬と一緒に暮らしていたことがあり、亡くなった後にその犬種の歴史が気になり調べてみました。世界大戦前までは人気が高く、頭数を増やされた後、ラブラドールレトリバーやゴールデンレトリバーの人気に追い越され、絶滅するかもしれないレベルまで数が減った時期があったという歴史を知り。本来動物と暮らすということは、愛したいから、一緒にいたいからだと思います。その裏側には人間のエゴで品種改良されたり、頭数を管理しているという事実があり、「愛する」ことは正しいとされているのに、その裏側には到底正しいと思えないことが存在する二面性が気になりました。作品の中では、ビション・フリーゼのような愛らしく丸いフォルムの犬が登場するのですが、そうした形を変えられてしまった犬と女の子が、限られた時間の中で一緒に過ごしている風景を描いています。女の子は人間の二面性を知り、本当の愛とは何かを考えるというストーリーです。
Memorise of Love and Me / Charcoal on paper(2018年) Photo: Hayato Wakabayashi
Memorise of Love and Me / Charcoal on paper(2018年) Photo: Hayato Wakabayashi
Memorise of Love and Me / Charcoal on paper(2019年) Photo: Hayato Wakabayashi

フレームも様々なものを使っているのが印象的です。
フレーム選びも作品制作で重要な要素です。例えば連作『forever』では、昨日の自分を埋葬して新たな自分が生まれるような感覚で毎日同じ絵を描いていたので、遺影のようなブラックのフレームを選びました。『Memorise of Love and Me』では、時間を感じる作品にしたかったので、意識的に時間が蓄積されているアンティークの額を使い、額装込みの作品として考えています。そうした思い出を描き止めながら、「愛」や「正しさ」を考えるようになった結果、「LOVE」という言葉自体に着目していくようになりました。
forever / 300mm x 230mm / Charcoal on paper(2020年) Photo: Hayato Wakabayashi
Memorise of Love and Me / Charcoal on paper(2018年‐2019年) Photo: Hayato Wakabayashi

NEONで表現する
言葉ってなんだろう、伝えるってなんだろう

それで「NEON」のシリーズが生まれたんですね。「LOVE」という文字はご自身で書いているのでしょうか?
最初のシリーズでは、自分の手書き文字を扱っていました。言葉に着目したのは、冒頭にお話しした普通の体験をしてきたということにも通じるのですが、思春期の頃から大人になっても、他者とのコミュニケーションへの悩みって尽きないですよね。相手に何か伝えるために「言葉」を使うのにも関わらず、100%自分の伝えたいことって伝わらないじゃないですか。時には全く異なる形で相手に伝わってしまったり。同じ言葉を扱っていても、住んでいる場所や、生きてきた環境、宗教、文化によって扱い方も大きく異なると思います。そこに面白さを感じて、言葉って何だろう、伝えるって何だろう、とコミュニケーションの難しさについて考え始めたことをきっかけに生まれた作品です。
LOVE / 1818mm×2273mm / Oil on linen(2018年) Photo: Hayato Wakabayashi

初期の「NEON」シリーズでは、言葉以外のモチーフも登場します。言葉と違い、これらのモチーフはどのように選んでいるのでしょうか?
「NEON」では自画像として、西洋絵画で多用される窓、アメリカ国旗、アダムとイヴなど、私にとって“憧れ”を表象する具体的モチーフを用いてきました。当時は、ネオンの光と後ろにある配電線やフレームを「光と影」と捉え、憧れとしての光を捉えようとすると、後ろに隠れている本当の自分が見えてくるという構造を作っていました。でもこのネオンシリーズを続けていくにうちに生まれた『Shape of Your Words』というシリーズでは、徐々にネオンと作品の関係性や制作方法も変わっていきました。
Window / 1000mm×1000mm / Oil on linen(2020年) Photo: Hayato Wakabayashi
Open the Window / 1167mm×1167mm / Oil on linen(2022年) Photo: Hayato Wakabayashi

他者との協働作業で生まれた『Shape of Your Words』

どのように変化していったのでしょうか?
『Shape of Your Words』では、言葉を他者に手書きしてもらった上で、ネオンにしています。他者に文字を書いてもらうなかで、もし言葉が立体的に存在していたら、それはネオンのような形なのではと気づいた時があって。「言葉」は、文字の形とその中に意味や解釈が存在しますが、ネオンも同じく、発光するガラス管部分とそれを光らせるためのフレームや配線があります。なので、『Shape of Your Words』では、言葉のボディとしてネオンを描いています。
書いてもらう文字はどのように決めているのでしょうか?
「LOVE」だけではなく、その人らしさがポートレイトとして表れるような「自由」や「History」などの言葉を選んでいて。例えば「History」は、個人単位もしくは人種として、住んでいる土地としてなど、様々な方向からその人を表せるような言葉になり得ますよね。「自由」にしても、「自由でありたい」という人間誰しもが持つ欲望ですが、例えば同じアジア人でも日本人と台湾人では自由という言葉の意味も異なるのではないかと思います。
他者に書いてもらうときに、言葉への想いについて直接話すことはあるんですか?
聞いてしまうとその人のイメージを伝えるための絵になってしまう気がして、あまり聞かないようにしています。なので、言葉の線や形から想像しながら、淡々と描いていく方が自分にとっても鑑賞者にとっても想像できる余地のある作品になると思っています。タイトルにも書き手のイニシャルしか記載せず、それ以上の説明はしていません。誰かが書いた筆跡が光となって、目の前に立ち上がっている状態を見てもらいたいです。今後は様々な国で言葉を書いてもらい、それを別の国に住んでいる人が見る機会を増やしていきたいです。知らない人が知らない誰かの存在に気づく、そんなきっかけや時間が作ることがこの作品の理想です。
Shape of Your Words ‐W.K.‐ / 727mm×606mm / Oil on linen(2023年) Photo: Hayato Wakabayashi
広島市現代美術館 リニューアルオープン記念特別展『Before/After』展示風景(2023年) Photo: Hayato Wakabayashi

どちらのシリーズにおいてもネオンの光だけではなく、後ろにある配線までも克明に描いているのが印象的です。
現実に存在するものを写実したいという想いが根底にあります。人間は目の前の風景が全て見えていると思っていても、大体自分の見たい情報を無意識的に選んでしまっています。そうして全て見えている気持ちになっていることがある。街中で見るネオンも、多くの人は後ろの電線やフレームには目を向けないでしょう。全ての絵画制作において、見えていないものを見えるようにするというテーマがあります。
最近では一つの紙に「I am」という言葉を複数人に書いてもらっていますね。そこでは同じ言葉でもそれぞれサイズや色が異なります。
一枚の紙に寄せ書きのように、配置も色も書いてもらう方におかませしています。私が構図や色を決めてしまうと、美しさの選択肢を狭めてしまうように感じたんです。寄せ書きする時って、自分にとって美しく書こうというより、次に書く人のことや全体感を考えますよね。前の人がここに筆記したなら大胆に書こうとか、恥ずかしいから隅っこに小さく書こうとか、ある意味コミュニケーションがそこで起きていることに面白みを感じて。例えばインドで書いてもらった時は、英語が喋れる人が多くても、筆記できるひとは少なく書き方がそれぞれでした。一枚の中で、各国の言葉との付き合い方が顕著に現れて、毎回予期せぬ構図が生まれます。画家としての自分の選択をできる限り排除した偶発性の中で、誰も見たことのない新しい絵を作れると信じています。
Shape of Your Words [in Gifu 2023/10/14‐10/25] / Oil on linen(2024年) Photo: Hayato Wakabayashi
Shape of Your Words [in India 2023/8/1‐8/19] / Oil on linen(2024年) Photo: Hayato Wakabayashi

さまざまな“余白”に気づかせてくれるのがアート

近年では、ファッションブランドとのコラボレーションや展示の機会も増えてきていますが、横山さんにとってファッションとはどのような存在ですか?
ファッションと憧れというのは、切っても切り離せない存在だと思っています。小学生から高校生までギャルから古着のスタイルまで色々なファッションを試してきて、全部中途半端でなりきれずに終わっているんです。そうした何者にもなりきれず生きてきて満足してこなかったという経験が自分の制作に活きていると思います。なので、ファッションは自分の中で難しいけれど、大好きなもの。最近でも髪色をよく変えるのですが、ずっと自分探しをしているような感覚で楽しんでいますね。
今後挑戦したい作品などはありますか?
立体作品ですね。いままでに樹脂で出来た光る立体作品とブロンズの作品を発表しているのですが、『Memorise of Love and Me』の立体作品は、次の個展でも作りたいなと思っています。過去に発表したブロンズの作品は、誰か知らない遠くの人のことを想うことをテーマに制作しました。例えば、ニュースを見て自分の考えを持ったとしても、もし日本ではなく違う国に自分としていた場合、同じことを考えるのかなと疑問に思ったことがあって。同時に本当に客観的に物事を見れる人っているのかなとも思い、作品では大海原の真ん中に立ち世界を見ている自分の様子を想像して形にしました。ブロンズもオールドメディアであり、数百年後まで残る可能性がある素材なので、未来で発掘されたら面白いなと思いながら制作しています。
Memorise of Love and Me / resin, oil color, LED (2020年) Photo: Hayato Wakabayashi
Remembering Someone in the Distance / bronze, oil color(2024年) Photo: Hayato Wakabayashi

横山さんの作品はそうしたオールドメディアを使い、社会にも繋がるような個人的な想いを表現しながらも説明的すぎず、どこか軽やかさや親しみやすさもあるように感じます。
個人的なことを掘り下げていけば社会と接続する部分が確実にあると思っています。そうしたことをあくまでも絵画で表現するということには意識的に取り組んでいますね。絵画は説明じゃないし観て感じるものなので、鑑賞者に委ねるものであってほしいです。いま社会が二極化しているじゃないですか。AかBかで、Bを選んだら悪者だと言われるけど、もしかすると答えはその間か、もしかするとCかもしれない。そうしたさまざまな余地に気づかせるのが、アートの役割なのではと思います。

横山奈美 / Nami Yokoyama

1986年、岐阜県生まれ。2012年愛知県立芸術大学大学院美術研究科油画専攻修了。愛知県立芸術大学美術学部の准教授を務めながら愛知県瀬戸市を拠点に制作活動をしている。主な個展に『遠くの誰かを思いだす』(東京・KENJI TAKI GALLERY、2024)、『アペルト10 横山奈美 LOVEと私のメモリーズ』(石川・金沢21世紀美術館、2019)、主なグループ展に『六本木クロッシング2022展:往来オーライ!』(東京・森美術館、2022 -2023)、『開館25周年記念コレクション展 VISION Part 1 光について / 光をともして』(愛知・豊田市美術館、2020)などがある。現在、2025年6月22日まで開催中の『LOVE ファッションー私を着がえるとき』展が東京オペラシティ アートギャラリーにて巡回中。

https://www.namiyokoyama.com/
https://www.instagram.com/namiyokoyama/