Inspiration

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マルセロ・ゴメスが見つめる
クラフトマンシップ
PHOTOGRAPHY BY MARCELO GOMES
TEXT BY YOSHIKO KURATA

PHOTOGRAPHY BY MARCELO GOMES
TEXT BY YOSHIKO KURATA

エポイは、ブラジルに生まれ、現在はパリを拠点に活動する写真家 マルセロ・ゴメス(Marcelo Gomes)をコラボレーターに迎え、日本における、卓越したレザーバッグのものづくりと、その創造的プロセスをドキュメントしたアートブックを制作しました。タイトルは『House, Hands and Intimate Debris』。
「House, Hands and Intimate Debris」とは、特定の人物ではなく、異なるアイディアやスキルを持った 日本の職人達の創造性を結集させたエポイのものづくりの精神を表しています。
エポイのレザーバッグに息づくクラフトマンシップをマルセロ・ゴメスの視点で捉え、その制作の舞台裏を記録した特別な一冊に仕上がっています。そこには、多様なアイデアと技術を持つ職人たちの創造性が結集した、日本のものづくり精神が映し出されています。
繊細な職人技から、長閑な周辺の自然風景、そして完成したバッグの美しさまで。マルセロ・ゴメスは、日本で出会ったこれらの光景をどのように見つめていたのでしょうか。彼ならではの鮮やかな色彩感覚や、クラフトマンシップへの想いについて話を聞きました。

A Cubist Rose, 2016 © Marcelo Gomes

音楽、絵画、文学からのインスピレーション

写真を始めたきっかけを教えてください。
「何かを伝えたい」というモチベーションから始まりました。伝えたいことさえ決まれば、あとは簡単だろうと思っていたんです…。でも実際はそう甘くはなくて、今に至るまで試行錯誤の連続でした。
どのようなものからインスピレーションを得ることが多いですか?
絵画ですね。それから文学。文学が写真に与える影響について、最近になってようやく体感と共に理解し始めたところです。
制作に限らず、一日中 音楽を聴いているそうですね。最近のお気に入りのプレイリストを教えてください。
去年は、ヘンリク・グレツキ、キース・ジャレットが演奏するバッハの『平均律クラヴィーア曲集』、ピエール・ルソーによる3枚のEP、後期のトーク・トーク、そしてマーク・ホリスのソロをよく聴きました。他にもデヴィッド・ボウイの『ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ』、エリオット・スミス、モーリス・ラヴェル、ランディ・ニューマンなど、挙げればきりがないほどに音楽を聴いています。

惹かれるのは、複雑で“戸惑い”を感じさせる色

マルセロさんの写真を構成する要素のひとつに「色」があると思います。どのようなカラーパレットが好きですか?
一言ではあらわせられないような、複雑で“戸惑い”を感じさせる色が好きです。意外な組み合わせというか。私の理想的な色彩は、ジャンバッティスタ・ティエポロのフレスコ画にあります。写真で再現するのは、ほぼ不可能な色合いであることも理解しているのですが…。あとは、ロバート・ライマンが描く「白」の中に潜む色も好きですね。
「House, Hands and Intimate Debris」では、モノクロとカラーの使い分けも印象的です。どのように決めているのでしょうか?
写真は表現のツールであると同時に、「記憶の整理」のための手段だと思っています。それゆえ、「この光景、建物、あるいは人物を、自分はどう記憶に残したいか?」と自問しながら制作しています。どうすればその対象をもっとも美しく定着させられるか。私が感じた美しさを、あとから写真を見る人に共有するにはどうすべきか。 そうした思考を経て、カラーかモノクロかという細かな判断をしていきます。たとえば、ある種のパターンや精密なディテールを強調したいなら、モノクロを選びます。断片的な細部ではなく、全体の佇まいが美しいと感じるなら、カラーで表現します。映した光景が抽象表現として耐えうるのか。実物に近いけれど、それとは違う特別なものに昇華できるか。 そして、その表現は普遍的な強度を持ち続けられるか。 そうした決め手をもとに、カラーを選びます。
反射的に惹かれる色はありますか?
マゼンタですね。なぜこんなに魅力的に感じているのだろうと自分でも不思議に思っていたのですが、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのファーストアルバム『ラヴレス』の影響でした。マイベストアルバムとも言える作品で、そのマゼンタのジャケットデザインが私の潜在的意識として残っていたようなんです。数年前にようやくその繋がりが腑に落ちました。
After Dürer, 2018 © Marcelo Gomes

撮影を通して出合った日本の原風景

今回のプロジェクトでは、工場の内部だけでなく美しい風景も撮影されていますね。撮影中に特に美しいと感じた場所はありましたか?
数えきれないほどあります。色々な撮影場所を移動するなかで、車から東京の景色を見るだけでも楽しかったです。朝の通勤ラッシュの駅前、ランチへのドライブ、街に灯がともる夕暮れ時……。 なかでも姫路で出会った野生の花畑は、今回のハイライトかもしれません。ちょうど最高のタイミングでそこを通りかかったんです。地平線の彼方に咲く花々の上に、太陽が今まさに沈もうとしていて、道の両脇はピンクの花で埋め尽くされていました。 それから、東京ではアーティゾン美術館も訪れました。あそこのコレクションは、本当に素晴らしいですね。日本の巨匠たちの作品を西洋の作品とあわせて一度に楽しめるのは、とても贅沢な体験でした。
何度か来日されていますが、日本の都市や風景の色をどのように感じていますか?
東京のあのフィルターを通したような光こそが、風景をあるべき姿に映し出し、色彩に唯一無二の質感を与えているのだと感じます。晴れた日でも空にはどこか霞がかかったような柔らかさがあり、複雑な色をより美しく、繊細に描きだしてくれるんです。
工場内の写真では、細かな職人の手先も捉えています。彼らとコミュニケーションを取りながら、撮影されたのでしょうか?
そうですね。通訳の方を介して、職人の方々のお話を聞けたのはとても楽しい時間でした。撮影させていただいた、ほぼすべての職人さんについて人となりや、それぞれが極めた熟練の技を少しでも知ることができたのは、素晴らしい経験になりました。
実際に手仕事を間近で見て、特に印象に残った工程や素材はありましたか?
バッグの革パーツを切り出すための「抜き型」を作っている工房で、職人達がものづくりに向き合う姿を間近にするのは、本当に楽しいひとときでした。工房そのものの雰囲気も素敵でしたし、職人さんの手仕事も見惚れてしまうほどに美しかったです。また、姫路で出会った着色を専門とする職人の仕事にも、すっかり見入ってしまいました。その場で色を生み出し、理想の色へと近づけていくプロセスは、見ていて本当に感動しました。
Easter Island Crater, 2024 © Marcelo Gomes

ものづくりの“あるべき姿”

あらゆる分野でデジタル化が進む中、現代における「クラフトマンシップ(手仕事)」の価値をどう捉えていますか?
人の手が触れ、その人の所作が形になったもの。それは、デジタルや機械で効率的に作られたものとは、すでにはっきりと一線を画しています。私個人としてはそうだと思っています。そして、そのコントラストは、今後より一層明確になっていくはずです。そのことが、丹精込めて作られたものの価値をさらに際立たせていく。そんな未来であってほしいと願っています。
マルセロさんはご出身がブラジル、その後アメリカを経て現在はパリを拠点にされています。今回の撮影を通して、日本のクラフトマンシップや「ものづくり」への姿勢をどう感じましたか?
これまで様々な国を渡ってきた経験は、単なる地理的な移動ではなく、時代そのものの変遷を辿る旅でもあったと思います。ブラジルで過ごした幼少期は、いかに工業化を推し進めるかが全てという時代でした。その後、アメリカの学校へ通っていた頃には、かつての誇りだった「Made in USA」が姿を消していく様を目の当たりにしました。そして今、歳を重ねてヨーロッパに身を置いてみると、まるで「あるべき姿」の場所、あるいは原点へと帰ってきたような感覚を覚えます。フランスをはじめヨーロッパの多くの国では、今も昔も手仕事の価値が揺らぐことはありません。その事実に、私自身もどこか心が救われています。そして日本もまた、職人の知恵や技、フランス語で言うところの「サヴォアフェール」を絶やすことなく守り続けてきた国です。今回のプロジェクトを通して、改めてその姿は昔も今も、そしてこれからも、変わることなく美しいものなのだと感じました。
Pink and Green, 2023 © Marcelo Gomes

Marcelo Gomes / マルセロ・ゴメス

ブラジル出身、パリ在住のフォトグラファー。バスケットボールの奨学生としてアメリカ・アイオワ大学に入学するため渡米。その後、ニューヨークのアート雑誌『Index Magazine』で働き、2008年に独立。コマーシャルワークと並行して作品集の出版も精力的に行い、これまでに3冊を刊行した。

https://www.instagram.com/marceloagomes/